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のらいぬ大学院
オトナになっても日日是学問。 オトナのオトナによるオトナのための大學院
NHKで大奥?
フジでやってたドラマ『大奥』。

このドラマシリーズのうちのひとつで、
菅野美穂が演じていたのが天璋院(篤姫)だったらしい。

それを聞いてから、なぜだかよく解らんが、
今年の大河ドラマへのモチベーションはうなぎ下がっている。

うーん。

来年は『天地人』。直江兼続だし、来年の大河に期待するか。


因みに直江兼続はおいらの父方の実家の
米沢にゆかりある人物だったりする。
(愛の字の兜も小さいころから知っていた)
上杉景勝に仕えてたので、
おいらのオヤジもややテンション上がり気味だ。
(祖先は上杉家御用達の油屋だったらしい)
天地人楽しみだなっと。


さて篤姫どうしよう。

集合的無意識について考える。
ゴジラ松井の結婚相手が森三中の村上だったりしないだろうか。

などと妄想しちゃったヒトがおいら以外にもいるに相違ないと思い、
ヤッフーやぐーぐるを駆使してブログ検索しまくっているワケだが、
これが意外とヒットしない。

どうやらこれはアルカイックな妄想ではなく、
おいら個人の経験に基づく個人的妄想の産物だったコトが判明。

集合的無意識って言ってみたかったんだが、
狙った方向に持ってゆけなかった自分のKYっぷりに落胆しています。
おいらの感性ってばこんなにも世間と乖離してたなんて。
ウトゥすぎて涙も出ない。

ああ明日も仕事だー。寝なきゃ。
未曾有の家紋ブーム
忙しかったりモチベーションが高まらなかったりして、
半月ぐらい間が空いた。我ながらショックだ。
が、まあ気にしないで本題に入る。


少し前から、家紋にハマっている。

更に少し前、苗字のルーツや本姓、姓(かばね)に
うつつを抜かしていたワケだが、
そんな家系を彩るキーアイテムに、家紋が存在する。
つまりはおいらの関心が家紋に向くのも時間の問題だったワケです。

家紋といえば、菊の御紋(天皇家)や、
三つ葉葵紋(徳川家)なんかが有名だね。
おそらく、たいていの家には何かしらの家紋が
あるんじゃないかと思うんだけどどうなんだろう。

因みにおいらの家の家紋は、最近知ったんだが『三つ橘紋』。
実はおいらが妄想している清原氏の流れでは、
左三つ巴紋だったためちょと意外であった。

コーヒーのケニヤやアールグレイなど、
シトラスの風味が好きなおいらにしてみると、
橘紋であるコトに不思議な縁を感じなくもない。
まあー偶然だろうけど。

因みに橘紋は、もとは橘氏の家紋であった。
が、藤原氏との権力闘争の末衰退し(一部は地方へ流れた)、
それ以降は橘紋は橘氏以外も使用するようになったらしい。
地方へ流れた橘氏の一族が使用したケースもあるかもね。


実は江戸期までの間、家紋が変わるコトはザラであったらしく、
(主筋や天皇などから下されるなど)
途中で家紋を変わっている家も多々あったりする。
例えば羽柴秀吉は、羽柴姓とともに家臣に桐紋をバラ撒いたりしているし。
(このせいか、特に五三桐紋という紋は広く庶民に広まったらしい)

というワケで、自らのルーツと家紋は必ずしも
一致するというワケではなさそうだ。
よっておいらが清原姓である可能性もまだ潰えたワケではない。


少し話は変わるが、3/22(土)に母方の祖母の七回忌があった。
そのために母方の菩提寺、麻布の光林寺を訪れたんだが、
(菩提寺とは言え、曽祖父母だか玄祖父母あたりからだけど)
お寺のふすま一面に五三桐紋が描かれていた。

桐紋は、元々は菊に次ぐ天皇家の御紋なのだが、
秀吉がバラ撒いたために今や正当性やルーツがよく解らなくなってしまっている。
なので光林寺の桐紋のルーツが非常に気になり、
今も色々光林寺のルーツを調べているのだが、これがよく解らない。
江戸初期に建立されたコトくらいしか解らなかった。

というワケで、今はもっぱら光林寺についてを調べている。


ってな感じで、家紋も本姓同様に突き詰めると
けっこう興味深いモノですよ、っつーハナシでした。おしまい。
米兵帰れコールの話。
以前から書こうと思ってて書けずにいたコトについて、
数日前に目覚ましTVで取り上げられてたので便乗して書く。

沖縄で米兵による事件があるたびに、
『沖縄は負担を強いられてる』
『米兵は出てゆけ』
といったニュアンスの主張をするヒトや団体がアクションを起こすワケだが。

実はおいら、この主張にいまひとつ同調できないのだ。

以前、沖縄旅行に行った折、とあるバーでゴハンを食べた。
まだ明るかったコトもあり、客はおいら一人。
それが幸いし、バーを一人で切り盛りしてるおばちゃんとゆっくり話すコトができた。

バーの客はもっぱら米兵らしく、相互に誕生日を祝いあうなど、
とても良い関係を築いているらしい。

以下はおばちゃんとの会話では口にしなかったが、
話しながらふつふつと考えがのぼせてきた。

仮に米兵がこぞって引き上げた場合、この店の客や
おばちゃんの友人たちがごっそりいなくなるワケだ。

きっと、この店だけじゃない。
米兵たちと共存している総てのヒトたちが、
客や友人たちと別れなければならなくなる。

米兵は引き上げるべきだという主張するヒトたちは、この点を考慮しているのだろうか。

米兵による悲しい事件が起きたコトの責任を
米軍に問うコトは間違っちゃいないとは思うが、
直ちに全員出てゆけというのはあまりにも安直だし暴論すぎやしないか。

そんな風に思うのだ。

どういう経緯があって『米兵は出てゆけ』という発想に至ったかよく解らんので、
もしかすると数多の議論を踏まえた結果なのかも知れんけどね。

たれか筋道立てて教えてつかあさい。

あっ。最後に一つ。
日本では、外国人による犯罪率が確かに高い。
が、もっとも高い頻度で罪を犯しているのは、米国人でも米兵でもないです。念のため。
きよはら-の-じじくさい
いろんな歴史上の人物がいるワケだが。
ときどき、姓と名の間に『の』が入る人物がいる。

みなもと-の-よりとも。
たいら-の-きよもり。
ふじわら-の-ていか。
すがわら-の-みちざね。
なかとみ-の-かまたり。
そが-の-うまこ。
とよとみ-の-ひでよし。(本来はこう呼ぶべきらしい。詳細は後ほど)

などなど。

源平藤橘を始めとする、天皇から直に
下賜された苗字を指して『本姓』というらしい。
他にも、蘇我、菅原、多々良、清原、豊臣などいくつもある。

現在一般的となっている、いわゆる苗字は、
天皇から下賜されたモノではなく、
勝手に名乗ったり、通称として根付いたりしたモノらしく、
つまりはほとんどが本姓ではないとのコト。

例えば、伊勢の藤原氏は『伊藤』、加賀の藤原氏は『加藤』、
官位が佐(すけ)であった藤原氏は『佐藤』など。
他にも地元の名士や主君にあやかるとか、地名とか色々な起こりがある。

てなワケで、多くの人が名乗っている苗字と本姓とは
まるっきり別物であると考えた方が良いらしい。
むろん、稀に同一であるヒトもいるらしい。が、詳しいコトは解らん。

んで、この本姓を名乗る時に『の』の字が入るらしい。

例えば、平氏の流れを汲む川島氏(平姓川島氏と表す)を
僭称した織田信長は、『平信長』と書いて『たいら-の-のぶなが』となる。
源姓新田氏を僭称した徳川家康は、
『源家康』と書いて『みなもと-の-いえやす』となる。
武田信玄は、れっきとした甲斐武田氏(清和源氏の流れを汲む)なので、
『源晴信』と書いて『みなもと-の-はるのぶ』になるワケだ。

また、由緒正しい加藤さんや佐藤さんであるならば、
藤原氏であるため、『ふじわら-の-××』と名乗ってよいコトになる。

羽柴秀吉の豊臣姓も天皇から下賜された姓であるため、
正確には『とよとみ-の-ひでよし』となるワケなんだな。

んで、ちなみにおいらですが。
おいらの妄想どおりならおいらは清原姓なので、
正しくは『清原慈竺斎』となるワケでおじゃる。

続・運命論
少し前に、運命論について書いた

歓迎したくないコトだが、
運命というモノを感じさせられるコトが連休中にあった。

端的に言うと、友達が大病を患っているのだ。それもかなりの。
ヘンに気持ちがざわついたりして、
精神的にも肉体的にも落ち着かない連休だった。
(因みに連休中にシゴトもあった…)

まだ、考えや気持ちがまとまっていない。
たぶんまとまるようなシロモノじゃないんだろう。

月並みかもしれないけど、がんばってください。

運命論
ヒトの世はけっこう不公平だったりすると思う。

健康なヒト、不健康なヒト、幸運なヒト、不運なヒトなどなど。
またそれらの組合せで色々なパターンがあったりする。
イイヒトなのに事故に遭うとか、
ヤなヤツなのにピンピンしてるとか、ホント色々だ。

昔のヒトは、そういう星の下に生まれたコトを
『運命』として受け容れるコトで消化できていたのだと思う。

が、昨今ではそういう『運命』というモノが
受け入れられなくなってる気がする。
あるいは、受け容れられても、消化できなくなってる気がする。

打ち負けたり、諦めたり、
社会のせいにしてうらみつらみを述べたり、
復讐を企てたりする。そんなヒトが増えたんじゃないか。

きっと、豊かになりすぎて、
幸福であるコトが当たり前になってしまっているのだろう。

でもそれでも、やっぱりヒトの人生なんて一様ではないワケで。
やはり運命は存在するのだと思う。

けっきょく、不遇を呪ったり復讐したりしたトコロで
状況が好転するハズがなく、
自らの不遇にかまけるコトは時間の浪費なのかもしれない。
つまりはどんなにつらくとも、自らの不遇は不遇で置いといて、
希望を失わず前向きに生きてゆくコトこそが肝要なのだと思う。

ってなワケで、ちょとだけ浜崎あゆみを見直した。