未曾有の家紋ブーム

忙しかったりモチベーションが高まらなかったりして、
半月ぐらい間が空いた。我ながらショックだ。
が、まあ気にしないで本題に入る。


少し前から、家紋にハマっている。

更に少し前、苗字のルーツや本姓、姓(かばね)に
うつつを抜かしていたワケだが、
そんな家系を彩るキーアイテムに、家紋が存在する。
つまりはおいらの関心が家紋に向くのも時間の問題だったワケです。

家紋といえば、菊の御紋(天皇家)や、
三つ葉葵紋(徳川家)なんかが有名だね。
おそらく、たいていの家には何かしらの家紋が
あるんじゃないかと思うんだけどどうなんだろう。

因みにおいらの家の家紋は、最近知ったんだが『三つ橘紋』。
実はおいらが妄想している清原氏の流れでは、
左三つ巴紋だったためちょと意外であった。

コーヒーのケニヤやアールグレイなど、
シトラスの風味が好きなおいらにしてみると、
橘紋であるコトに不思議な縁を感じなくもない。
まあー偶然だろうけど。

因みに橘紋は、もとは橘氏の家紋であった。
が、藤原氏との権力闘争の末衰退し(一部は地方へ流れた)、
それ以降は橘紋は橘氏以外も使用するようになったらしい。
地方へ流れた橘氏の一族が使用したケースもあるかもね。


実は江戸期までの間、家紋が変わるコトはザラであったらしく、
(主筋や天皇などから下されるなど)
途中で家紋を変わっている家も多々あったりする。
例えば羽柴秀吉は、羽柴姓とともに家臣に桐紋をバラ撒いたりしているし。
(このせいか、特に五三桐紋という紋は広く庶民に広まったらしい)

というワケで、自らのルーツと家紋は必ずしも
一致するというワケではなさそうだ。
よっておいらが清原姓である可能性もまだ潰えたワケではない。


少し話は変わるが、3/22(土)に母方の祖母の七回忌があった。
そのために母方の菩提寺、麻布の光林寺を訪れたんだが、
(菩提寺とは言え、曽祖父母だか玄祖父母あたりからだけど)
お寺のふすま一面に五三桐紋が描かれていた。

桐紋は、元々は菊に次ぐ天皇家の御紋なのだが、
秀吉がバラ撒いたために今や正当性やルーツがよく解らなくなってしまっている。
なので光林寺の桐紋のルーツが非常に気になり、
今も色々光林寺のルーツを調べているのだが、これがよく解らない。
江戸初期に建立されたコトくらいしか解らなかった。

というワケで、今はもっぱら光林寺についてを調べている。


ってな感じで、家紋も本姓同様に突き詰めると
けっこう興味深いモノですよ、っつーハナシでした。おしまい。
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